四国お遍路八十八か所1とは、試験に出るどうでしょうの罰ゲームとして、受験生の合格祈願を目的として四国お遍路八十八か所を回った企画のこと。
安田さんはMC役として北海道に待機していただけで、鈴井さんは仕事の都合もあり本企画には不参加。
本稿および関連記事を読むにあたって注意してほしいことがあるのだが、そもそもお遍路は通常三泊四日などで回り切るものではない。厳密には、相当な強行日程を組まない限りこのような日程で回り切るのは不可能である。
すべて回りきるだけで1,000キロ以上あり、通常は10日以上かけて巡るのが一般的。
彼らは次の仕事の都合があるという理由から、三泊四日で回らざるを得なかった。またドライバーは藤村Dと大泉さんが順番に担当していたため、一人でこの強行日程をこなす場合は相当な注意が必要となる。
なお本企画(四国お遍路1)は三泊四日というロケ日数の短さに編集が加えられ、放送はわずか2週分にしかならなかった。
※四国1のロケ日程については諸般の事情がありイレギュラーな形となっています。気になる方だけ以下の空白スペースをドラッグ(反転)させてお読み下さい。
12番焼山寺の札所宣言後、大泉さんは自身の携帯電話に留守番電話が入っていることに気が付く。
留守番電話は大泉さんの母親からのもので、おじいちゃんが亡くなったという一報。留守電にはそのまま仕事を続けていいという内容も含まれていたが、そもそも大泉さんがロケを続けられるような精神状態になく、ディレクター陣の判断により帰宅が決定。ディレクター陣は当日中に帰れる飛行機を探したが既に午後で夕暮れも近いという都合もあり、当日は一泊して翌日札幌へ帰った。
帰宅から1週間後、何事もなかったかのように13番札所大日寺から撮影を再開。
基本的に視聴者がひと目で分かるインチキしかしないディレクター陣だが、唯一この回だけ、視聴者に悟られないよう編集がなされた。どうでしょうホームページ内の番組スタッフからのメッセージでは、
今はまだ明かさないが、実はある企画で、私は「自分の信念を曲げてしまった」たことがる。それは自分の中では、「ひとつの大きな決心」だった。
と語っている。
実際どれだけ月日が流れてもD陣から口外することはなかったのだが、後年、大泉さんが出した本の中でこのことに関わる内容が書かれていたため、本の出版後に発売された四国1のDVD副音声では、この背景を語るシーンが存在する。
また、これに関する話をYouTubeチャンネルでも語っている。
札所一覧
企画中に訪れた寺(札所)は以下の記事を参照して下さい。
主なできごと
- 大泉さんは本企画を自身の生きざまを披露すると言った。
- 藤村D曰く「1個10分ペース」なのでこの調子で行けば夕方には今日のノルマを達成できると言った。
- 太龍寺は遊歩道(山道)を登るのが面倒だったため、近くにあった太龍寺と書かれた目印の前で撮影した。
- 四国の寺はだいたいどこでも絶景だった。
- 大泉さんは岩屋寺で悟りを開いた。
- 悟りを開いた大泉さんの行動を発端として第一回岩屋寺騒動が勃発した。
- 心を込めて祈っていたにもかかわらず大泉さんは体調を崩した。
- 最終的にタイムリミットまでに全ての寺を回り終えた。
Tips
- 試験に出るどうでしょうまでは同行していた鈴井さんだが、仕事の都合で試験に四国お遍路1には不参加だった。
- 自身の生きざまを語っていた大泉さんだが、徐々に本音が漏れ、企画中は度々悪態をついた。
- 札所の宣言(例:1番! 霊仙寺!)は、ほとんどの寺で2秒程度におさめられていた。
- 四国の山道は狭く、うねっている道が多いため大泉さんは高頻度で車酔いに襲われていた。
- 大窪寺(88番札所)で企画終了。大泉さんは無事結願したのだが、鈴井さんへの恨み辛みを吐き連ねた。
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